強姦罪
〜それでも告訴しますか〜

戸城 杏奈


1.はじめに

 いささか逆説的な題名であることを、まずお許しいただきたい。これはたいていの強姦の被害者が突きつけられる問いなのである。
 刑法に強姦罪の規定があることは大抵の人が御存知であろう。しかしそれが親告罪であることや、強姦の被害者が受ける様々な二次被害の状況を知っている人は非常に少ないのではないだろうか。
 近年、強姦罪の告訴件数は減少を続けている。それは必ずしも強姦事件、あるいは強姦の事実の減少を意味しない。もともと強姦事件において告訴の件数は「氷山の一角」であると言われている。被害者は「被害者」であるにも関わらず、あたかも悪人のように中傷誹謗されるであろう将来を悲観し、泣き寝入りしてしまうことが非常に多いのである。
 こういったことから、本稿では強姦罪に関する様々な問題を取り上げて論じようと思う。


2 .親告罪とは

 親告罪とは告訴(被害者の訴え)がなければ実体審理に入れない(加害者を有罪にすることが出来ない)罪を差す。

 親告罪の規定は刑法典上の犯罪では信書開封、秘密漏示、強制わいせつ、強姦、準強制わいせつ及び準強姦、未成年者略取及び誘拐、器物損壊、信書隠匿等の罪に対してなされている。
 この規定は特に強姦罪等の性犯罪に関して問題となることが多い。強姦罪の被害者となった女性は、様々な理由から、告訴に踏み切るか否かを悩むことが多く、また親告罪の告訴期間は犯人を知ってから6ヶ月間と制限されている(刑事訴訟法235条)ためである。


3.強姦罪とは

「暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫したものは、強姦の罪とし、二年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫したものも、同様とする」(刑法177条)
 この条文からだけでは、裁判で何が争点になるのかがわかりにくいが、実際の裁判では「和姦ではなかったか」「被害者に落ち度があったのではないか」といったことが争点になることが多い。


4.事件発生から(告訴したとして)判決までの実態

(1)事件発生

 「強姦神話」と呼ばれるものがある。多くの人が抱いている、いわゆる強姦のイメージである。それは「夜道を1人出歩いている女性が突然見知らぬ男性に襲いかかられるのが強姦の典型例だ」というものである。しかし、それは必ずしも多数ではない。1983年に開設された「東京・強姦救援センター」に寄せられた相談では、見知らぬ男の犯行は全体の3割にも満たない。加害者は大抵の場合顔見知りであるということだ。アメリカではしばしば「デートレイプ」と呼ばれることもある。
 「暴行・脅迫」については、物理的な力や凶器を用いての脅迫だけではなく「抵抗したら殺すぞ」というような精神的な脅迫もありうる。また、物理的な「暴行・脅迫」による強姦のほか、社会的地位の上下などを利用した強姦も起こっている(セクシュアル・ハラスメントとして社会的に認知されているのではないだろうか)。
 ここでは、心理学的問題に立ち入ることになるため、強姦に遭った直後の被害者の状態については詳しく触れないことにする(註1)
 どの書物でも一般的に言われている反応だけを挙げておくと、すぐに怒りが込み上げてくるようなことは少なく、ショック状態、非常に強いストレス状態に置かれ、あるいは何があったのかすら認識できないことが多いようである。

(2)告訴

 告訴に関する問題点が本稿の主題であり、後述する予定である。ここでは簡潔に触れるにとどめるが、告訴は犯人を知って後6ヶ月以内に行わなければならず、それ以降は刑事裁判を起こすことは出来ない(民事裁判で損害賠償請求の可能性は残されている)。
 資料として、平成8年度の強姦罪の認知件数と検挙数を挙げておく。
  認知件数1483
  検挙件数1317
  検挙人数1117

(3)捜査 供述調書作成

 捜査段階で、女性はセカンドレイプに遭うと言われている。
 つまり、現在捜査に携わるのは圧倒的に男性で、しかもプライバシーに関わることを根掘り葉掘り聞かれるため、被害者には非常に辛いことになる。「被害者の取り調べにあたっては、(イ)被害者の経歴、特に職歴(ロ)過去における男性との交友関係及び性交経験の有無等についても供述を得るようにすべきである。被害者が実際は和姦であるのに強姦であるような申し立てをすることも稀ではなく…」という指針(註2)があるがゆえである。実際には、他の犯罪に比べて強姦のみが虚偽の申し立てが多いというデータなどないのに、である。
 また、ここで性的交渉の経験を訊かれる。処女である場合には現在、強姦等致傷罪(刑法181条、非親告罪である)として処理されているためである。
 更に、警察で作られる供述調書には、極めて下品なポルノ的表現が使われることもあるようだ。作成する側に男性が多いということも一因であるだろうが、被害者はその供述調書に署名する際、読み聞かせをされ、再び著しい侮辱を受けることになる。また、被害者の女性が使うはずのない表現が調書に使われると、警察の作文という印象が強くなり、信用性に問題が出てくることもありうる。

(4)(起訴されたとして)公判・判決

 裁判は公開である。即ち誰でも自由に傍聴が出来る。このことは日本の自由主義に資する点が非常に多いことは言うまでもない。だがしかし、強姦罪という性的自由の侵害に関する犯罪についての公判では、被害者の保護という面から見て問題があると言える。
 というのも、強姦事件の被害者というのは、とかく誹謗・中傷の対象になりやすいからである。「強姦に遭ったのは本人に落ち度があったからだ」「強姦に遭った女性はキズ物だ」という、被害者を被害者とすら見なさないような認識がまかり通っている。このこと自体が問題ではあるのだが、そういった中傷を逃れようとしても、裁判の場で証言することになると被害者は第三者に確実に特定されてしまうのである。

 同意の有無が問題になると、更に被害者は傷つくことが多い。「相手方の抗拒(抵抗)を著しく困難ならしめる程度のもの」という基準が判例(最高裁判例昭24年5月10日、刑集3巻6号711項)によって形成されているが、この基準についての認定は非常に厳しい。(女性達の間では悪名高いと言われている)広島高裁の判決(昭和53年11月20日)では、「…およそ男性が座っている女性を仰向けに寝かせ、性交を終えるについては、男性が女性の肩に手をかけて引き寄せ、押し倒し、衣服を引きはがすような行動に出て、覆いかぶさる姿勢になる等のある程度の有形力の行使は合意による性交の場合も伴う」として、被告人に無罪を言い渡している。
 学説においても「姦淫は強姦・和姦を問わず多少とも有形力の行使を伴うのが常であるから…ささいな暴行・脅迫の前にたやすく屈する貞操のごときは本条によって保護されるに値しない」という説がある。
 しかしながら、ここに問題があることはすぐにわかるだろう。男性の方が一般的に屈強であり、女性は必死の抵抗によって時には生命の危険すら生じることは充分にありうる。例えば強盗に遭ったとき、殴りつけられてやむなく「お金ならここにある」といって差し出したからといってそれは「同意して」金銭を与えたことになるだろうか。
 更に言うなら「同意の有無」が争点になっているにも拘わらず、言葉による拒絶は「同意がなかった」とする根拠にはならないことがある。女性の「ノー」を「イエス」だととらえる風潮(嫌よ嫌よも好きのうち、とよく言われるものである)が生きている、と考えざるを得ない。

 公判では、被害者の過去の性体験に関する尋問もある。これは、処女の場合は強姦ではなく強姦致傷罪を適用するためでもあるが、「被害者はふしだらな女であり、受けたダメージは小さいはずだ」として加害者の量刑を軽くする目的もありうる。

 被害者の「落ち度」に関する尋問もある。例えば山口地裁の判決では「初めて会ったばかりの見知らぬ男に誘われるままに何ら危険を省みることなく、深夜暗黒の松原内を通ずる道を連れ立って300m余りも歩いたことは常識上理解に苦しむところで、被告人が、同女において、たやすく散歩の誘いに応じたことにより暗黙に姦淫に応ずることを承知したものと信ずるに至ったとしても不自然ではない」とされている。これは「女性の落ち度」を指摘したと言えるだろう。
 しかしながら「被害者の落ち度」をこれほど強調してよいものだろうか。例えば強盗について、被害者が大金を持って歩いていて、襲われたといって「それは持ち歩いた被害者の落ち度であるから」と行って加害者を無罪にすることが、果たしてあるだろうか。

 「貞操観念」に関する裁判官の判断にも問題がある。貞操観念が低いと認められる女性について、裁判官は落ち度を指摘したり、また保護に値しないと判断したりする。貞操観念の判断基準は例えば職歴(いわゆる水商売など)や、事件があったときの被告人の行動等についてである。節操(貞節)に欠ける女性はたやすく性交渉に応じる女性であり、したがって強姦は成立しないという理念であるが、これは余りに短絡に過ぎると感じられるだろう。
 もちろん、貞操観念は女性のみに、即ち被害者のみに求められるものであり、加害者の男性には全く求められないし、議論すらされない。

 また、強姦罪の刑は、強盗罪に比べて軽い。強姦罪は「2年以上の有期懲役」であることに対し、強盗罪は「5年以上の有期懲役」である。
 このことは、強姦罪がもともとは財産に対する罪に準ずるものであったことが理由になっている。長い間女性は男性の所有物であり、財産であった。そのため強姦は、財産的価値を下落させる犯罪であったということだ。もちろん、現在においては強姦は性的自由の侵害であり、女性自身の人権侵害である。だが刑法上の規定にはまだ伝統的経緯が残っていることは一考すべきだろう。


5.告訴についての問題点

 現行制度では、告訴の期限は犯人を知ってから6ヶ月である。まずここに一つの問題点がある。アメリカの強姦救援センターの資料によると、実際に被害に遭った女性は様々な心理的状態を通り抜け、長い時間をかけてようやく自分の正当な憎しみ、怒りを表現できるようになるということである。その状態にたどり着くまでに、6ヶ月は余りに短いということが主張されている。人によっては1年、2年とかかってしまう場合もあるのだ。精神的混乱のうちに、もはや罰することは出来なくなってしまうというのは余りに被害者に酷である。
 ここでまず考えるべきなのは、なぜ6ヶ月なのであろうかということだ。理由の一つに、男性(被告人となりうる人物)の立場の早期安定が挙げられよう。問題となる性交渉から何年も、何十年も経ってから告訴することが可能であるとすると、男性の立場は不安定になる。何らかの理由で告訴した女性が被告人を恨むようになって、懲らしめのために訴えたのではとされやすい。
 しかしながら、これは女性に対する一種の偏見ではないだろうか。前述したが、虚偽の訴えが提起される確率が強姦罪において高いわけでは全くない。更に、5年も前のことでは証拠も滅失しているであろう。無実の人が刑を受ける可能性は大幅に減ぜられるはずである。
 被疑者の立場を早期に安定させるために、期限は必要である。何も公訴時効同様にまで引き伸ばす必要はない。しかし、少なくとも現行の6ヶ月は余りに短いということは言えるのではないだろうか。
 また、6ヶ月という期間には他の親告罪との整合性という面もある。しかしこれは全く形式的で、強姦という犯罪の性質から考えてやはり妥当ではないといえよう。
 更に、この6ヶ月の規定の中でもより早く訴えたほうが裁判官の心証がよい。ぎりぎりになってからでは「被害意識が弱い」と見なされることがある。しかしながら、これは女性の受ける被害の大きさが充分に考えられていないと言わざるを得ない。ショックの大きさから考えが及ばない場合もあるだろうし、告訴をした場合、更に受けるであろう不利益のことも考慮に入れなければ告訴には踏み切れないという事情を斟酌すべきである。

 親告罪の規定は輪姦(刑法180条2項)には適用されない。このことも疑問である。強姦罪が親告罪であるのは、女性の側が様々な不利益を越えてでも告訴すべきか否かという選択権を与えたためではないか。性的自由を侵害され、言い様のない侮辱と屈辱を受けたということについては、加害者が一人であろうと複数であろうと関係の無いことである。
 もちろん輪姦に親告罪規定が適用されない理由はある。加害者が一人であった場合に比べて犯罪性が高く、また犯罪であるか否かの線引きが容易であるということである。だが、その利益と、親告罪であった場合の被害者の利益はどちらが重要であるかは考えるべき点である。


6.現在の改正論

 平成11年11月現在、現行制度の改正が法制審議会に諮問されている。
 ここで関係する主なものとしては、
1.性犯罪で告訴できる期間を撤廃あるいは延長する
2.被害者が希望すれば法廷で意見を述べることが出来る(現行制度では被害者は証人として要求されなければ発言できない)
等である。被害者の権利が拡大される方向に動いていることは喜ぶべきであろう。


7.おわりに

 「強姦罪では被害者が裁かれる」という言葉を聞いたことはないだろうか。法廷で、女性はいかに自分に落ち度があり、いかに自分がふしだらで、いかに自分が曖昧な態度をとったかということを決めつけられてしまう。それがわかっているからこそ、告訴をためらうことが多いことは間違いない。しかし、裁判で被害者が裁かれるような現状にこそ問題があるのであって、被害者が責任を感じたり反省したりする理由はないと私は考える。
 残念ながら、長い間男性中心の社会が続いていた結果の様々な弊害が、強姦罪の場面にも現れている。女性は信用できないと言わんばかりの、加害者となった男性を保護するためであるかのような考えが出てきやすい。
 もちろん、性的自由に関する事項が非常にデリケートな問題をはらんでいることは間違いない。被害者の責任が問われる被害者はまさに「被害を受けた者」として、堂々と告訴できてしかるべきなのである。

 本稿では記述が不十分な面もあったかもしれないが、それでも読んでいただいた方に感謝したい。しかし今回挙げた様々な問題は氷山の一角である。拙文が考える機会となれば何よりの幸いである。

(註1)実際に強姦を受けた女性自身の執筆による本として 緑河実紗 『心を殺された私――レイプ・トラウマを克服して』(1998年、河出書房新社)を挙げておく。
(註2)伊藤栄樹 『証拠の集め方、考え方』(出展不明)


註で挙げたものの他の参考文献

福島瑞穂著 『裁判の女性学』(有斐閣、1997年)
東京・強姦救援センター編 『レイプ・クライシス――この身近な危機』(学陽書房、1990年)
中下裕子・福島瑞穂・金子雅臣・鈴木まり子著 『セクシュアル・ハラスメント』(有斐閣、1991年)
特集「強姦と法」 「法学セミナー」1990年10月

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